2009-09-12

本のデジタル化

その瞬間、私は「本のデジタル化」が起こした革命の真の意味を理解した。それはたんにインクがピクセルに変わっただけではない。本を読み、書き、売る手段そのものが、根本的に変わったのだ。
(クーリエ・ジャポン Sep. 2009 P74)


Google と Amazon は世界の書籍の全文検索およびダウンロード販売を推進している。筆者はコラム中、キンドルの素晴らしさに触れつつも、次のように憂慮する。

たとえばある本を読んでいる最中に、ふと気になった別の本を読み始めたとする。別の本に移動したのはとっさの思いつきによるものだが、(中略)人間が一冊の本に没頭するための「集中力」を欠くことにもなる。(中略)本のデジタル化が進めば、作家の思想や、そこに広がる「別世界」にどっぷり浸かるという読書の最大の喜びが失われる懸念もある。雑誌や新聞と同様に、本も「つまみ食い方式」で読まれるようになるかもしれないからだ。


僕の関わるラジオのデジタル化を思うとき、ラジオにも「インクをピクセルにしただけじゃない、根本的に異なる何か」 = ブレイクスルーが求められているのに、いまだ明確な答えが見つかっていないのが痛い。

本は字の集合なのでもとから検索との親和性が高い。ラジオは音声の集合であるため、検索に乗せるには
1. 音声を文字に全文変換する = 十分なメタデータを持つようなスキームを確立する
もしくは
2. 音声によって音声を検索するテクノロジーの成熟を待つ
ということになるだろうか。
検索に乗ればそれで良いというわけでもないと思うけれど、ネットで勝負する場合、コンテンツをデータベース化することが重要である。それはすでに Google が、Amazon が、Apple がやってみせたことである。

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